昭和44年03月25日 朝の御理解
御理解 第88節
「昔から、親が鏡を持たして嫁入りをさせるのは、顔をきれいにするばかりではない。心につらい悲しいと思う時、鏡を立て、悪い顔を人に見せぬようにして家を治めよということである。」
いつ頂いても教えられる御理解であります。ただここに只今読ませて頂いたところだけでございますと、信心のあるものでも信心のないものでも同じようなことをやはり考えておるのです。まあ現代気質と言うか最近は嫁入って、自分が気に入らんと思うたらさっさと帰ってこい、言う様な嫌なところんでも長う辛抱どもするなと言うような考え方、またそんな言う親もあるらしいから、どっちがいいと思われませんですね。
なるほどそれは良いかもしれません。けれどもいったんお嫁入りさせて頂いた以上、どういう辛い苦しいことがあっても、辛抱しにゃできんぞとまあこれが普通一般です。だからその辛抱していくということもです、ね、やはりそのただその泣き泣き辛抱するようなことではいけん。ね、鏡を持たせてあるのは、そういう時に泣き泣きと言ったような顔を家庭のものに見せるようなことでは、家は治まらんぞと。
心では泣く様な事があっても、顔には矢張りにこやかにしていかなきゃ家ちゅうもんは治まるもんじゃないぞと言う風にま教えてある。ですがここまではま一般ですね。ですから是を矢張りあの御理解、その内容ち言うものを御理解して下さる。内容と言うものを是を信心で頂くという事は、にならなければ大した意味はないわけですね。そこで私は是は決して嫁入りをする時の花向けの言葉と言った様なものではなくてです、ね、
男でも女でも誰でもが、ここんところをひとつ頂かせて頂きたいと。ね、そこでそのつらい悲しいと思う時、鏡を立てて悪い顔を人に見せぬようにして家を治めよということであると。そこでその家を治めるということ。これは勿論何て言うですかね、家の切り回しと言うか、政治手腕とでも言おうかね。なかなかその、ま、いうなら、しつけ上手とでも申しましょうか。
中々そのそういう様な切って裁く様な意味合いにおいて、治めよというのではなくて、結局家の柱になれ、家の光になれ、ね、どんなに重たいものでも自分が一心にそれをもてれる力を頂け、柱になれどんなに暗い思いをする様な時でも、私ども信心するものが、もし家庭の中に一人あったらです、それが家の中のその暗さと言う様なものを無くしてしまうだけの光を頂け。
そこに初めて私は教祖が言おうとしておられる所は、ね、そういう信心を身に付けて、家を治めて行けと仰っておられるのとこう思うです。ですから是はここん所は嫁入りをするその娘に対してと言うだけではなくて、ね、そういう心掛けが信心させて頂く者の一人一人の上になからなければならんと言う事。矢張りなからならんというても、心を大きく持たなきゃいけません。
小さい心、自分の心にそれが治まらん、ね、そういう事で家を治めると言う様な事は出来ませんよね。自分の心が治まらん。あれがああ言うたというて、もう心の中に治まっていない。自分の心から手が出たり足が出たりしておる。ね、自分の心に丸っとこう包めれる。そん時に初めて自分の心にそれが、その事が治まったという事になる。ね、どういう問題でも。ね、自分の心の中にそれを治められる。治まる。
または治まるという事はなおるという事でもある。病気が治るというでしょう。ね、所謂その自分の心の中にどういう例えば、心をけが致しますというね。心を傷付けられたとこう申します。その傷が癒えて行かなければいけません。その癒す事に精進しなければなりません。そこに鏡が必要であり教えが必要である。ね、心が傷つけられる。ね、心の痛手とこう、さわられるともう痛い。
そう言う様な心に傷を持っておったんでは、だから治まりません。まず自分その自分の心の狭さ、自分の心のこまさ、それを分らしてモロウテ、ひとつ心を広げる。ね、心を豊かにする本気での稽古が必要である。そこでそのま様々な自然の中に起きてくるその問題をですね、黙ってこう受けて行く、治めよという事はさんずい偏にム口と書いてある。さんずい偏にム口と書いてある。
さんずいと言う事は、自然の流れと言う事である。ね、自然の流れそれを無口で、黙って受けて行く。それが治めるのである。例えば家を治めよとこう仰る、その治めよというそのたった一字からでもそういうふうに、その御理解して頂くと色々深さがある事が分かりますですね。自分の心が傷つけられた、それが癒えて行く、治って行くという事にもなる。ね、また自分の心に治める。ね、
どんな事があっても、誰にも言わんで、自分がひとり自分の心に治めときゃ、家ん中ことんとん言わん。それを私が泣く泣くでも辛抱しときゃと言った様な事を言うけれども、それではその人があまりにもみじめなそうじゃない。治めれる、ね、自分の心からですよ。その治めることは治めたばってん、こうやって手が出たり、足が出たりしとるような、これではいけません。
ですから自分の心に丸っとそのままを治められるために豊な心、同時に治めよということは、さんずいに無口である。ね、自然の流れ、ね、成り行きと言うこと、自分の上に様々な問題が起きてくる。それを有り難く受けて行こうとこう言う。合掌して受けて行く。しかも無口で、黙って受けて行く。それが治めることである。ね、それが家の柱になることであり、また家の光になることである。
治めるどころか乱していく人がある。ね、ちょっとしたことをだんだん自分のその、心の中が乱れて行くる、そのために。これでは物事は、物ごと自分の心が治まるはずはありませんね。乱して行っては。昨日は中村さんところの謝恩祭でした。ほんとにあの年々おかげを受けておられて、二十年前ですかね、中村さんと私との出会いの時、ね、様々な難儀な問題をいくつも抱えておあられた。
まそういう難儀な問題を私に、ま、訴えられた。は、なかなかどうして一辺にどうちゅうことはできない。けれどもその私自身がその当時、修行に真っ最中でしたから、ね、何にもないような状態の中からおかげを受けておったんですから、ただあるものは信心だけ。そしてその信心の喜びだけがあったときです。ですから、中村さんに私は申しました。そりゃ私はそれをどう言うおかげにするか頂けるかそれは分らん。
けれども今日的おかげ言うならばそのね、行き当たりばったりであってもです、その行き当たりばったりであっても、必ずそこから道は開けるという道ならば私が日々通っておることであるから、お教えしょうと言う様な話をしたのが中村さんとの出会いであった。たとえば経済の問題、人間関係の問題、当時はお家もなかったから、そのお家の問題、ね、そして御自分少しばかりの履物を風呂敷に包んで行商でもして回られるという時代である。ですからそれがね。
そういう様々な問題が、一辺に金光様の信心すりゃぱっとおかげになってしもうた。なら例えば二十年後の今日、ね、ああ言う北野の言うならば、あすこは目抜き通りにお店を構えて、しかも次々と、ね、もう十年も前でしたか、お神様の部屋が一部屋でけた。ね、それから次々とおかげを頂かれて娘たちの上にも、もうほんとに願い以上、思い以上のおかげを受けて、今日おかげを受けておられる。
もう欠けたる、欠けたるものがないくらいに、おかげを頂いて行きよんなさる。この頃からは、また改造がありまして、炊事場から洗面所、風呂場と言ったようなところがきれいに今の現代風に、ちょうどあの合楽のちょっと小型にしたように、それこそいまあの足一つ、汚さんで済むように、綺麗にでけた。二階もその、お神様の次の方に、広いベランダがでけました。
昨日あちらでお風呂を入らして頂きながら、もうほんとにま、こじんまりとしたお風呂ですけれども、もう本当に垢抜けのしたそのお風呂場がでけて、その風呂ん中で湯船につからして頂きながら、おかげを頂いたもんだなぁと私は思う。中村さんが、毎日このお風呂に入られる時に、ほんとにおかげ頂いたもんじゃあるなぁと思うて、お風呂の中で、本当に神様にお礼を申させて頂いて、ね、
喜ばして頂かれるなら、その喜びだけでも、不平不足の消えて行くような、おかげになるだろうというて話したことでした。それが私どもがですね、おかげを受けておっても、そのおかげを受けておることが、もう当たり前のようになる。そこに限りなく、ね、不平が不足が、雲のように湧いてくる。あん時のことを思うたら、このようにおかげを頂いてと、毎晩そのお風呂に入ってお礼をいうておられるそのお礼がです、ね、
熱いものになってくればです、深いものになってくれば、ね、その有難いという心だけでも一日ぐらいは不平不足を言わんで済む位にもてるから、毎日毎日そのことだけでも不平不足を言わんで済むんですね、というて、ま、お話をした。ね、中村キクヨさんと平仮名で、いやカタカナでキクヨと書いてあったけれども、ある修行を完了された時に、ご本部参拝の時に奥城の前で喜久代と頂いた。
喜び久しい代と書いてある。でそん時の御理解が、ね、これはもう一つの御神格である。ね、ですからこの喜の字をなくしなさんなと。喜ぶという字を失くしなさんなと。ね、喜久代の中から喜という字を一字無くすると後はくよくよになってしまうよと。くよくよと言うことは、ね、悔やんだり、ね、情けながったり、心配したり不足を言うたということになるのですから、それではおかげは受けられません。
喜びを忘れなさんなと、もう中村さんこそ、どこを見ても子供たちを見ても、孫たちを見ても、ね、お風呂の中にはいってもです、もう喜ばせてもらわなければおられないことばっかりの中にあって、不平どんが不足どんがでよったんじゃ、こりゃほんとにくよくよさんになってしまわんならん。どこまでも喜びが続いておらなければいけない。その喜びでいわばそれは普通から言うならば悔やまんならんような事柄があっても、その喜びで消ええて行く、ようなおかげ。
女は髪形と言うが女だけでじゃない、男でも綺麗さっぱりに所謂ヘアースタイルという、その人のぴっと好みに合うた髪の伸ばして綺麗に油どもつけて、櫛の目が通っておる。髭はこざっぱりとこう剃ってあるというのは、やっぱりいいもんだと。女だけじゃない男でもそうだ。女は髪形と言うてその髪の結い方ひとつでです、結いあげ方ひとつでその人が美人に見えたり、不美人に見えたりするんだと、信心も同じこと。
自分の今の信心の状態、姿ひとつがです、髪の結い方ひとつでその人の信心が決まりおかげが決まる。だから絶えず、いわゆるここにもありますように鏡を立てておかなければならん。はああ、もう散髪をしなければならない時だ、髭はこげん伸んたと。というようにです、それをほうからかしなりにしておくところに信心の匂いがするようになって、昨日、中村さんところで頂きました。
そこんところをです、いつもこざっぱりと結いあげておる、こざっぱりと髭を当たっておるというような、そこに鏡が必要なのである。そこにさらな、さらな信心というのがあるわけです。これで良いということはないね。時々そのやはり散髪に行かんやいけんて。ね、いわゆる乱したままじゃいけん。私は昨日、中村さんところに参ります前にちょっと休んで、愛子、二番目の娘が足を揉んでくれておる。
足を揉みながら、こんなことを言う。昨日は朝から久保山さんが、あの明日またあの、事務のことで、高橋さんと二人で、二日市までおいでられなきゃいけません。その前にその事務的なことを処理しとかなきゃならん。特に金銭出納帳が、あの出だけは書いてあるけれども入るとが書いてない。それを整理するのに、とても一日二日じゃ出来そうもない。けれども、出来るだけやっとけというこでしたから。
昨日から、夕べも徹夜でやっておられます。夕べ私は外から帰って来た時には、もうどうやら今晩徹夜したら目鼻が付きそうですから、今晩頑張りますというて、その一生懸命やっておられました。そりゃもう大変な、それこそ煩わしいことだと思いますね。けどもうほんとにそれこそ一字の数字でも間違っちゃならんのですからね、経理のことですから。そういう御用を頂いておられるちょうど最中でしたが。
私の足を揉んでくれながら、そのそれでもお父さん、あのやっぱりその自分のそのそれが仕事と言うことになるとですね、あんなもんだろうかと言うて話すんですよ。先日も事務所で、そんにいちゃまは一生懸命そのそろばんはじいてやりよんなさった時に、愛子ちゃんこうやってからもうただ、こげな面倒くさいこと大変でしょう、大ごっでしょうち言うたら、けれどもこれがね。
数字がずうっと生まれて行くとがとても楽しいかちこう言わっしゃった。計算をずっと帳面に付け挙げて行く。こうやってるでしょう。でそろ盤はじいてピッチと答えが出てくるでしょう。その数字がこうやって生まれて行くということが、とても楽しいとこう言われる。私はそれを聞いた途端にですね、感動して愛子がどう思うたかしらんけれど布団ひっかぶってから泣きました。
何でこんない感動するだろうかと私は思うた。私は足揉んでもらいよる、たったそのことがです、とにかっくちょっとこう布団ひっかぶらなければおかしいぐらいに感動する。信心とはですね、自分の心から生神を産みなして行くことなんですよ。日々刻々、ね、真に有り難いという心を産みなして行くことなんです。なまたいていなことじゃない。なら茂さんがここまで。
あの経理のことを身に付けたということには、もう今で言うならば、その専門の学校の大学まで出とります、ね。その上に例えばそのことだけに銀行、商店そして現在カネのサトのお店の経理を受け持っておかげを頂いて、もうそのことに専念しておるわけです。ひとつの修練と言うかね、いわゆるけいこが積まれた上にも積まれておるのです。それはもうほんとに皆さん、あの茂さんの付けた帳簿を一辺見てごらんなさい。
ほんなこてたまがりますよ。その数字のきれいなこと。先日あの検査に見えた役所の方がですね、帳簿を見られてから、もう帳尻なんかもう経理をなさる、もうそれを見ただけで、なんかその帳簿を見ただけでですね、こりゃすばらしい、もうどうでも九州の北九州の教会のですね、モデル教会にしたい。その事務のことだけは、どうぞよろしくお願いしますというて帰られたんです。
もうどんなにきちっと合うとったちゃ、もうこう書いとるなら、こりゃ間違うちゃおらんじゃろうかと・・間違うておってもまちごうておらんごとある感じを与えれるぐらいに素晴らしく、いわば書きあげてありますよね。これだけの事柄・・・どの位な、言うなら血のにじむような稽古をしたことであろうかと言うこと。とても私達が考えたら、みんなが考えたら、とてもこんな煩わしい。
こう言う数字を出して行くということはもうとてもとても、私だん一年かかったちゃ、茂さんのごたある二晩で、二日でしたことを一年かかってせろちゅうたっちゃ出来るこっちゃなかです。そりゃ専門じゃからといやそれまでですけれども、そこにです、食べるためとか専門とかじゃなくて、そうしたややこしいまでの数字が出てくることが楽しいというておるということ。
まさに私は和賀心から生神が生まれておる姿だとこう思うです。信心とはそれなんです、ね。我が心のなかから生神が誕生していく。いわゆる真に有り難いという心が次々と生みなされていく。そこにたとえば数字でそういうことすらそうなのですから、ね、信心が、ね、たとえば真に有り難いといったような心が生みなされてくること。信心が楽しゅうして有難うしてならないものになるまでにはやはり、修練が必要である。
けいこなしにでけるこっちゃない。ただおかげども目当てにしとってるようなことでは、そんなものが生まれるはずがないちゅうこと。私はあの治める、治めよということ、ね、自分の心を治めるということ。それには自然に起きてくる、そのさまざまな問題をです、いわゆる無口、黙って受けて行く、黙って受けて行く稽古、しかも手が出ることもなからなきゃ足が出ることもない。
心に治め抜いていけれる信心。ね、成り行きを大事に、合掌して受けて行くという信心。そういう信心が、たとえばいよいよ頂かれていく。そして、黙って受けて行くとことの中には、様々な事があろうと。心を傷つけられる、または嫌な思いをすることもあろうけれどもです、それが有り難いものにこう消化して行くというところまで。ね、臭いものがある時には、はあ、これはニンニクを頂いておると思うて、おかげで胃が強うなる、腸が強うなると思うて頂きなさい。
もうこれこそ苦い思いをする時には、これこそせんぶりでも頂きよる時と思うて、頂かせて頂くところにいよいよあなたの胃腸は頑固な、どういうものを食べてもさわらないあたらないというようなおかげになるだろう。たったこのくらいなものを頂いたらもう今日は痛うしてこたえん、もう今日は何にも頂かれん、と言うようなことではなくてです。ところがお互いの心の中にそれがあるでしょうが。ね、
ちょいとそうめん頂いたら、もう腹が立ったと。胃が悪い証拠です。ですからです、それをです、たとえば、ね、苦い思いするなら苦い思いをすることをそれをせんぶりと思うてと思うて、頂いていきよるうちに、強い胃が腸が頂かれる。心の胃腸が頂かれる。何を食べても全部それが血に肉になるようなおかげになってくる。そういうけいこが積まれてです、私は初めて自分の心がおさまることに成るのじゃなかろうかとこう思う。自分の心が治まるということは家が治まることになるだろう。
自分のいわゆる自分の周辺がおさまってくる。明るうなってくる。そういう私はおかげを頂きたいとこう思う。そのためには私が、茂さんがその経理なら経理のことに一生懸命打ち込まれて、なら現在のそれこそ徹夜でんされるようなことん中にもです、それはきつくて眠かけれどもです、あのきちっとした数字がどんどん次から次と生まれてくる時の楽しさと言うものをです、味合う行けるからでけることなんだ。信心でもそうなんだ。生神の心から日々刻々に、私は誕生していくおかげをです、頂きたい、ね。
そこに私どもはいつも散髪が必要。ためにはまず鏡が必要。いわゆる教えが必要と言うことになってくる。そしていつもこざっぱりとした感じのいい、いわゆる髪形であり、髭が剃ってあるという、そこに私はおかげが受けられると思う。人に与えるものも信心の匂いじゃない、何とはなしに信心のやはり香りのようなものが周囲にも、そういう雰囲気を醸していくというか、創って行くおかげにまでなってくるだろうとこう思う。ね、どうぞそういうおかげを皆さん頂いて下さい 。
どうぞ。